横浜地方裁判所 昭和24年(ワ)263号 判決
原告 牛山三郎
被告 小川宮之助
一、主 文
被告は原告に対し横浜市中区伊勢佐木町五丁目百二十五番地家屋番号同所一番ノ二木造鉄板葺平家建店舗一棟建坪四十五坪五合について昭和二十一年十月一日附売買に因る所有権移転登記手続をなし且つ右建物より退去して、その明渡をせよ。
被告は原告に対し金百二十万四千五百四十六円及び昭和二十八年十一月一日以降右建物明渡済に至る迄一ケ月金三万二千四百八十円の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求は棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は原告勝訴の部分に限り登記手続の部分を除き原告が金四十万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文第一項同旨並びに被告は原告に対し金百二十万五千六百三十円及び昭和二十八年十一月一日以降主文掲記建物の明渡済に至る迄一カ月金三万二千四百八十円の割合による金員を支払えとの判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として
一、原告は被告との間に、昭和二十一年七月二十二日被告が、原告所有の横浜市中区伊勢佐木町五丁目百二十五番地九十坪の地上に木造亜鉛葺平家建坪十坪の建物四棟を建築し、その完成と同時に該建物四棟を計一万二千円で原告に売渡す旨の契約が成立した。而してここに「売渡す」とは建物完成と同時に被告から原告に建物の所有権を移転するとの意であつたところ、被告は右契約に基き、同年十月一日右地上に契約建物より五坪五合増築した主文第一項掲記建物を建築完成し、同日右増築部分を含めた建物の全部を前示契約代金で原告に売渡す承諾をした。
そこで原告は右建物の完成した十月一日その所有権を取得し代金は同年十二月二十四日被告に支払つた。よつて所有権に基いて、被告に対し右建物の移転登記手続をなすことを求める。
二、原告は被告から右建物を買受けた昭和二十一年十月一日被告に対し、これを一ケ月金千四百円で賃貸したが右賃貸借契約には転貸禁止の条項があり、これに違反した場合は、原告からの催告をまつまでもなく、原、被告間の右賃貸借契約は当然解除となり被告は直ちに前示建物より退去すべきことが定められてあつた。然るに被告は右転貸禁止の特約を確認しているにも拘らず前示建物を間もなく同年十月十五日以降順次訴外松山景敏、同三山因、同池上忠雄、同木田長吉、同小林栄仲、同宇井明博、同千本松鶴八、同森久保行雄、同三田孝次郎、同松島政重、同天野新吉に転貸したから前示賃貸借契約は被告の右転貸によつて当然解除となつたわけであるが、原告はこの解除の事実を被告に確認せしむるため内容証明郵便をもつて被告にその旨通知し、同通知は、昭和二十四年四月四日被告に到達した。よつて原告は賃貸借契約の解除を理由として、被告に対し本件建物から退去してその明渡をなすこと並びに賃貸借契約の解除後である昭和二十四年四月一日以降昭和二十八年十月三十一日迄の賃料相当額である金百二十万五千六百三十円及び同年十一月一日以降右建物明渡済に至る迄一カ月金三万二千四百八十円の割合による賃料相当の損害金の支払を求めると述べた。
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する。との判決を求め、答弁として、
原告の主張事実の一、について、被告が原告との間に、原告主張の日時、原告主張のような内容の契約を締結したこと及び原告主張日時原告主張建物の建築を完成したことは認めるが、その余の事実は否認する。
同二、について、被告が原告から原告主張日時本件建物を一ケ月千四百円で賃借したこと、原告主張の頃賃借建物を訴外木田長吉、同松島政重、同千本松鶴八に転貸したこと及び原告主張のような内容証明郵便を原告主張の日時に受領したことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。と述べ、抗弁として、
一、原告主張のような右売買契約及び賃貸借契約はいづれも無効である。この契約の成立するに至つた事情は被告が原告に対して、その所有地の一部賃借を申込んだところ、原告は土地の賃貸では収益が少いが建物の賃貸にすれば多額の賃料を収納し得ることから、被告に対し三十八万円の建築費を以て本件建物を建築させこれを金一万二千円で買取つた上、改めて被告に賃貸することとしたもので、原告は土地所有者という強力な経済的地位を利用して、経済的弱者たる被告に不当な条件を強いたのであるから、契約自由の原則と逸脱し公序良俗に違反する。
二、原告の主張事実の一、について仮に右抗弁が理由ないとするも、被告は昭和二十二年十一月中本件建物の所有権移転登記に必要な書類を作成して原告方に持参し、登記手続をなすよう要求したところ、原告はこれを拒絶したのであるから、被告は最早原告主張の登記手続に協力する義務はない。
三、原告の主張事実の二、について、仮に一、の抗弁が理由ないとするも、
(1) 原告は被告の転貸については当初から承諾を与えており、爾後第一回或いは昭和二十三年五月中の賃料値上げの際には被告の転貸事実を確認してこれに承諾を与えているから賃貸借解除の事由とはならない。
(2) 仮に右(1) の抗弁が理由ないとするも、原告は本件建物を自己の使用に供するため、被告との賃貸借契約を解除するのではなく将来右建物を他に賃貸して現在より更に多額の収入を得ようとするために過ぎないから、かかる目的のためにする原告の解除権行使は権利の濫用であつて無効である。と述べ、原告訴訟代理人は、被告の抗弁事実について、一、の原告が被告から本件建物を一万二千円で買受け、これを被告に賃貸する契約を締結した事実のみ認め、他の抗弁事実はすべて否認する。なお二及び三の(1) の抗弁はいずれも時機に後れて提出されたものであるから却下を求める、と述べた。
<立証省略>
三、理 由
一、原告の所有権移転登記請求について
原告が被告との間に昭和二十一年七月二十二日被告が原告所有の横浜市中区伊勢佐木町五丁目百二十五番地九十坪の地上に、木造亜鉛葺平家建坪十坪の建物四棟を建築し、その完成と同時に右建物を計金一万二千円で原告に売渡す旨の契約を締結したこと、及び被告がこの契約に基いて原告主張日時、右地上に契約建物より五坪五合増加した主文掲記建物を建築完成し右建増部分をも含め、前記約定代金で売渡したことはいずれも当事者間に争いがない。被告は、右契約は被告が原告に対してその所有地の一部賃借を申込んだところ、原告は土地の賃貸では収益が少いが建物の賃貸にすれば多額の賃料を収納し得ることから、被告に対して三十八万円の建築費をもつて四十坪の建物を建築させ、これを一万二千円で買取つた上改めて被告に一万四千円で賃貸することとしたものであり原告は土地所有者としての強力な経済的地位を利用して土地賃借を申込んだ被告に極めて不利な条件を強いたのであるから契約自由の原則を逸脱し、公序良俗に違反する、と抗弁するのでこの点につき判断する。被告が前示契約に基き約三十八万円を要して本件建物を建築したことは、証人横山金治の証言、並びに原告本人訊問の結果によつて認められ、又右建物を原告が一万二千円で買取つた上、改めて被告に賃貸するとの契約を締結した点については当事者間に争いがない。してみると、本件建物の建築費に比し、その売渡価額が極端に低廉であることは明白であるから、右の売買だけを切離してみると、被告にとつて著しく不利な契約であるともいえよう。然し乍らこの売買契約は右建物の賃貸借契約と不可分に連結され、成立に争いのない甲第一号証ノ一、四、七及び十によるとこの賃貸借契約は期限の定めのないものであることが認められるから、特別の事情のない限り被告は売渡した建物を将来長期に互つて継続的に使用収益し得る立場に立つこととなる。而して建物が最大の効用を発揮するのがその現実的な使用の面に於いてであることは近時に於ては明白な事実であるから建物について無期限の賃借権を確保することによつて、極めて大きな利益を獲得することとなるわけであり、しかも、その建物賃借料は一カ月千四百円という当時として一応妥当と認められる標準である。従つて被告が三十八万円の建築費を一時に支出したのにひきかえ、その代償が僅かに一万二千円であつたとしても、かゝる契約によつて被告の収める利益を考量するとき、一概に、不当、苛酷な契約であると断ずるわけにはいかない。更に本契約が被告の窮迫、軽卒、無思慮に乗じて締結されたものであるかについては全立証によるもかかる事実を認めることができないから右契約を公序良俗違反と主張する被告の抗弁は理由がない。してみると昭和二十一年十月一日原告は本件建物の所有権を取得したこととなる。これに対して被告は昭和二十二年十一月中本件建物の所有権移転登記に必要な書類を作成して原告方に持参し、登記手続をなすよう要求したところ、原告はこれを拒絶したから、被告は最早原告主張の登記手続には協力する義務がないと抗弁し、原告はこれを時機に後れて提出されたものであると争うが右抗弁は格別、訴訟手続を遅延させるものでなく原告の故意又は重大な過失によるものとも認められないから、その当否について判断するに、被告主張のような事情が存在したにしても右建物の所有者として原告が有する登記請求権は決して消滅するものでないから、この抗弁も採用するに由ないものというべきである。よつて被告は務原告に対し主文掲記の建物につき昭和二十一年十月一日附売買に因る所有権移転登記手続をなすべき義がある。
二、原告の建物明渡並びに損害金請求について
原告がその主張日時本件建物を一ケ月千四百円で被告に賃貸したこと及び被告が右賃借建物をその主張の頃訴外木田長吉、同松島政重、同千本松鶴八に転貸したことについては当事者間に争いがなく、又前記原被告間の賃貸借契約が公序良俗に違反するものでないことも既に認定した通りである。これに対して被告は原告が本件建物の転貸を承諾したと抗弁し、原告はこの抗弁についても時機に後れたものとして争うがこの抗弁は前判示同様却下すべき理由は認められないから進んでその当否について判断する。被告は原告が当初から転貸について同意を与え、更に第一回若しくは昭和二十三年五月中の賃料値上げの際、被告の転貸事実を確認してこれを承認したと主張するがこの点に関する被告本人訊問の結果はたやすく措信できず、他に右事実を認めるに充分な証拠はないから、この抗弁は採用し得ない。而して原、被告間の契約証書(前顕甲第一号証ノ一、四、七、十一には、本件建物を転貸した場合、原告の催告をまたずして賃貸借契約は解除されるとの特約が明記され、且つ、その後の昭和二十二年十月二十四日、原告が被告に対し念書(前顕甲第二号証)を以て転貸しないことを確認させている事実に徴するとき、原告は転貸を厳重に禁止するため、前示の特約は単なる転貸予防のための威嚇に止めず、制裁的な条項として重視していたようにもみられる。然し乍ら、かような特約が、特別の事情に基いた宥恕すべき転貸の場合に於ても尚例外なく実現されるものとするならば賃借人に対して徒らに苛酷を強ることになるから、寧ろ例文的な条項に過ぎないものと解するのが相当と認められる。然しこう解したからとて賃貸人にとつてはさして大きな不利益になるとも考えられない。従つて、本件賃貸借契約に於ては、被告の転貸だけで当然解除となるものでなく、原告から発せられた解除の通知が被告に到達することによつて解除の効果が発生するものと解すべきである。而して原告から被告に対して発せられた賃貸借解除確認の通知が昭和二十四年四月四日被告に到達したことについては当事者間に争いがない。よつて原被告間の本件賃貸借契約は同日解除せられたものと認定する。被告は原告の解除権行使は権利の濫用であると抗弁するので判断する。証人小神野淳一の証言によると原告が本件賃貸借契約解除により更に賃借人を他に物色し賃料収益の増大を特に重視していたことは十分認められる。然し乍ら賃貸借契約は継続的な契約関係として、賃貸人、賃借人間の対人的信頼関係がその重要な基礎をなしているものであるから、この信頼関係が破壊された場合には賃貸借を継続するに当つての重大な障害が発生したものとして、当該賃貸借が解除されるのも亦已むを得ないといわねばならない。どうせ他に賃貸するなら、わざわざ現在の賃貸借契約を解除するにも及ぶまいとの主張は当らない。権利濫用の抗弁は採用に値しない。原告の解除権行使は相当であるから、被告は原告に対し本件建物から立退いてその明渡しをなすべきであるが、損害金は解除の翌日たる同年四月五日から起算すべきで、同日以前の原告の請求は認容できない。而して鑑定人山高民三郎の鑑定の結果を基礎とすると、昭和二十四年四月五日以降昭和二十八年十月三十一日迄の賃料相当額は百二十万四千五百四十六円、同年十一月一日の賃料相当額は一ケ月三万二千四百八十円と認められるから、被告は原告に対して右の範囲に於て右損害金の支払義務を負うべきである。
以上によつて原告の本訴請求は右認定の損害金を超える部分については失当と認めてこれを棄却するが、他はすべて正当であるからこれを認容し訴訟費用については民事訴訟法第九十二条、仮執行の宣言について同法第百九十六条を各適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 堀田繁勝)